四月二十四日、木曜日。雨のち曇り。
母のマンションを引き払った翌朝、私は一人、合鍵を返しに管理人室へ向かった。部屋はもう私のものではない——そう頭では理解しているつもりでいながらも、階段を下りる足取りは重く、胸の奥に鉛を呑み込んだような感触が残っていた。母が逝ってから、かれこれ半年。遺品整理を先送りにしてきたつけが、この一週間で一気に噴き出した格好だ。今少し早く片付けておけばよかったものを、自分の弱さにかまけて半年も先延ばしにしてきた。台所の抽斗から出てきた食器の一つひとつ、衣装箪笥の奥に仕舞い込まれた古びた手紙の束——それらを前にして、私は何度となく作業の手を止めた。処分するにせよ、残すにせよ、どちらを選んだところで母は戻ってこない。分かり切った理屈を何度も反芻しつつ、結局、捨てそびれた箱が幾つも残った。
管理人に鍵を手渡すと、先方は恐縮した面持ちで深々と頭を下げた。長らく住まわれましたのに、と濁した言葉の尾は、慰めとも追悼ともつかぬ響きを帯びていた。エレベーターを待つ数十秒が、妙に長く感じられた。
外に出ると、細い雨が舗道を濡らしていた。傘を差す程でもない、という類いの雨である。帰り道、子供の頃母に手を引かれて通った商店街を、敢えて遠回りして抜けてみた。昔ながらの乾物屋はおろか、豆腐屋の看板までも姿を消し、軒を連ねていた筈の店々は、今やコンビニと薬局に置き換わっている。変わらぬ物を探す方が、最早難しい。それでも、角の小さな稲荷神社だけは、昔と寸分違わぬ佇まいで残っていた。母と手を合わせた記憶がふと甦り、賽銭箱の前で足が止まった。財布から小銭を取り出そうとして、指先が微かに震えている事に気づいた。悲しみと言うよりは、長年の疲労が今更のように滲み出した、とでも言うべきだろうか。「どうか安らかに」——声には出さず、唯それだけを念じた。
駅に着く頃には、雨は上がっていた。喪失という言葉なくして、この半年を語る事はできない。然し、喪失は只奪うのみならず、忘れていた風景を不意に差し出してもくる。母がいたからこそ、あの商店街も、あの神社も、私の中で意味を持ち続けていた——そう気づかされた一日だった。
夜。ノートを広げ、こうして書き付けている今もなお、胸の奥の鉛は溶けぬままだ。溶ける日が来る物か否か、私には分からない。只、書くという行為だけが、辛うじて私を支えている。
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