館内の照明が落ちると同時に、千代子は息を詰めた。スクリーンに浮かび上がったのは、四十年前の自分の顔だった。フィルムは色褪せ、輪郭はわずかに滲んでいたが、その眼差しは今なお鋭い。
監督がこの旧作を再上映すると聞いたとき、彼女は断ろうとした。老いた身にあって、若き日の幻影と対面することほど残酷なことはない。けれども、長年連れ添った夫が亡くなって半年、家に閉じこもっているばかりではいけないという娘の説得もあり、ついに重い腰を上げたのだった。
銀幕の中の自分は、雨の桟橋で恋人に別れを告げていた。台詞を口にするやいなや、当時の感覚が蘇る。あの夏、彼女はまだ二十二歳で、演技というものを知ったばかりだった。監督に怒鳴られつつ、何度も同じ場面を繰り返した。情熱なくしては成し得ない仕事だと、若い自分は信じていた。
ふと、隣の席から微かな啜り泣きが聞こえた。振り向くと、白髪の老人が一人、ハンカチを握りしめている。千代子は息を呑んだ。あの夏、相手役を演じた青年俳優——確か、撮影が終わるが早いか、彼は舞台の世界へと去っていった人だった。素直に声をかけられるものを、千代子はただ前を見つめ続けた。
画面の中の若い二人は、最後の抱擁を交わしている。スクリーンの光が、二人の老いた頬を照らした。涙は流さなかった。流すまいと堪えたわけでもない。ただ、あの夏が確かに存在したという事実こそが、この瞬間、何にも増して尊いものに思えたのだ。
上映が終わり、照明が灯る。千代子は立ち上がった。隣の席は、もう空だった。
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