残暑なお厳しき八月の末、庭の木立を占めていた油蝉の声が、ある黄昏を境に、ぽつりと途絶える瞬間がある。正確な時刻を言い当てることなどできようはずもないが、毎年、耳を澄ましつつ縁側に座っていると、昼の音から夜の音へと、世界がそっと衣替えをする刹那に立ち会うことがある。蝉時雨の熱を帯びた合唱が弱まり、代わりに草むらの奥から、鈴虫のあの澄んだ音色が、おずおずと、しかし確かな輪郭をもって立ち上がってくる。
この交替は、人の都合を待ってはくれない。暦の上の立秋などとは関わりなしに、虫たちは己の体内の時計に従って、次なる奏者へと舞台を譲る。蝉の亡骸が一匹、また一匹と石段に転がり、それを蟻が几帳面に運び去る朝の光景を見るにつけ、夏というものが決して永遠ではないことを、身をもって知らされる。
鈴虫の音は、油蝉の咆哮にひきかえ、あまりに繊細だ。リンリンと細く切れる余韻は、聞き手の耳がよほど静かでなくしては、夜気の中にすぐに紛れて失われてしまう。風鈴の音とも違う。風鈴は物言わぬ風の代筆であるが、鈴虫の声は、紛れもなく生き物の意思の発露であって、短い命を惜しむかのごとく、ひたすらに鳴き続ける。
古人は、この音を聞くために、わざわざ野に小さな籠を携えて出かけたという。捕らえた虫を文机の傍らに置き、書を繙きつつその声を友とした。現代人であろうと、騒音に疲れた夜には、その所作のささやかさに心を寄せずにはいられまい。電子の音に満たされた都会にあって、鈴虫の声を聴き分ける耳を失うことは、季節を読む術を一つ、静かに手放してゆくことに他ならない。
やがて、鈴虫の声もまた途絶える夜が訪れる。その沈黙は、蝉の絶えた夕暮れよりもさらに深く、冬の足音を予告する。私は縁側を離れがたく、ただ、夏の残響と秋の序曲が入れ替わるその継ぎ目の静けさに、耳を傾け続けるのである。
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