晩秋の山陰を、ただひとり北へ歩いた。海からの風は刺すように冷たく、稲刈りを終えた田の匂いがまだ土に残っている。地図もろくに見ず、ひと駅先の無人駅までの一本道を、ただ足の赴くままに辿った。
過疎の進むこの土地にあって、人影はほとんど見かけない。五分に一度、軽トラックが通り過ぎるくらいのものである。案内標識なくして旅行者にはとても歩けぬ道だが、方角を間違えたところで、海に出るか山に当たるかのいずれかにすぎない。そう思えば、かえって心は軽くなる。
道端には、朽ちかけた祠が点々と残っている。かつて漁師たちが航海の無事を祈った痕跡であろう。賑わっていた時代に比べれば、この静けさは寂しい。しかし都会の喧騒にひきかえ、この沈黙にはどこか厳かなものが満ちている。
昼過ぎに、一軒の古い茶屋にたどり着いた。店主は八十を超えていようか、囲炉裏の火を見つめつつ、ぽつりぽつりと昔話を語り始めた。この道を歩く者は、月に数えるほどしかいないという。「観光客が来ようと来まいと、わしはここで茶を淹れる。それだけのことじゃ」と、老人は微笑む。その言葉は、禅の一句のごとく私の胸に残った。
茶を飲み終え、再び歩き出す。夕日は海の彼方に沈みかけ、影は長く道に伸びていた。旅のたびに思うことだが、場所そのものよりも、そこで出会った沈黙のほうが、後々まで心に残るものである。この一本道もまた、いずれ記憶の奥深くで、晩秋の光と老人の微笑とともに静かに息づき続けるに違いない。
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