冬の山陰を一人で訪れたのは、暦の上ではすでに春が近いとされる二月の終わりだった。小さな駅に降り立つと、海からの風が思いのほか冷たく、頬を刺すようだった。旅というものには、目的地よりも、そこへ向かう道すがらに心が動かされることが多い。
宿は古い温泉町の外れにあった。石畳の通りには湯けむりが立ちこめ、歩く人の姿もまばらで、夕暮れの空気は墨を流したように静かだった。部屋の窓を開けると、遠くから川のせせらぎが聞こえ、その音に耳を傾けながらも、自分が何のためにここまで来たのか、ふと考えてしまった。
翌朝、雪はやんでいた。宿の主人に勧められた古い神社まで、細い坂道を登っていった。石段は苔に覆われ、足を進めるにつれて、空気がいっそう澄んでいくように感じられた。参道の杉並木は高く、見上げるものがある立派さで、枝の間からこぼれる光は、まるで時間を止めたかのようだった。
旅先で出会う風景は、想像どおりになるどころか、いつも予想を裏切る形でやってくる。写真で見ていたはずの景色も、実際に立つとまるで違って感じられるものの、その差こそが旅の本質なのかもしれない。
午後、港町まで足を延ばした。潮の匂いと、干物を焼く煙。年老いた漁師が網を繕う手元を、通りすがりに眺めた。言葉を交わすことなく、ただその手の動きに見入った。こうした何気ない瞬間にこそ、確かな物語が宿っているに違いない。
帰りの列車を待つ間、駅のベンチで手帳を開いた。書き留めるべき言葉は、思ったより少ない。写真の数に比べて、記録に残した文字のわりに、心に残ったものは静かで、重たかった。旅を終えるにあたって、私はただ、この土地の空気を胸にしまって帰ろうと思った。
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