町の角に、小さなパン屋がある。店の名前は
「ひばり」
だ。店長の早川さんは二十六歳の女性で、毎日朝の四時に起きてパンを焼く。早川さんの家は店の上にある。
階段を下りながら、もう小麦粉のいいにおいがする。\n\n早川さんはこの店を二年前に開いた。前は東京のホテルで働いていたが、もっと近い人のためにパンを作りたかった。
「お客さんの顔が見える店がほしかったんです」
と早川さんは言う。\n\n朝の四時、店の電気がつく。手で生地をこねると、指の形がきれいに残る。
オーブンの音は静かだが、温かい。窓の外はまだ暗くて、星が見える。早川さんはラジオを小さくつけて、ニュースを聞きながら作業をする。
\n\n六時になると、近所の人が来はじめる。最初のお客さんはタクシーの運転手の田中さんだ。田中さんは毎朝同じあんパンを買う。
「これを食べないと、仕事が始まらないんですよ」
と田中さんは笑う。\n\n早川さんはお客さん一人一人の好きなパンを覚えている。子どもにはやわらかいミルクパンをあげる。
お年寄りには、かたくないパンをすすめる。日曜日には、近くの小学生が小さい手にお金をにぎって来る。\n\n夕方、売れ残ったパンは近くの保育園に持っていく。
「捨てるのはもったいないし、子どもたちが喜んでくれるから」
と早川さんは言った。店を閉めるのは午後七時。それから次の日の準備をする。
寝るのは十時ごろだ。\n\n早川さんの手はいつも少し白い。小麦粉が爪のあいだに入っているからだ。
「この手が、私の道具です」
と早川さんは小さく笑った。明日の朝も、四時に灯りがつく。
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