二十年ぶりに、生まれ育った町の駅に降り立った。改札を出るなり、記憶の中の輪郭と現実とが重なるかと思うと、直ぐにずれていく感覚に襲われた。商店街のアーケードは健在であったが、軒を連ねていた個人商店の半分は、見知らぬチェーン店に取って代わられている。文房具屋であった一角は、今やコインランドリーに変貌し、駅前にあっては、最早昔の面影など探すべくもない。
幼い頃、母に手を引かれつつ通ったこの道を、今は一人で歩いている。足の運びこそ昔と変わらぬものの、視線の高さが違うだけで、町はこれほどまでに別物に映るのかと驚嘆させられた。郵便ポストの位置、電柱の傷、路地の奥の祠——些細な目印の一つ一つが、忘れていた筈の記憶を呼び戻していく。記憶というものは、呼び戻す鍵なくしては開かぬ箱の如きもので、消え失せてしまった訳ではないのだと、しみじみ思い知らされる。
坂を上がり切った先に、嘗ての我が家が建っていた区画が見えてきた。家は最早ない。見知らぬ三階建ての家屋が、当然の如き顔をして佇んでいる。せめて一言、昔を知る誰かに声を掛けられたものをと思いつつ、声を掛けたところで、何になるというものでもあるまい。それでも、暫く其の場を動けずにいた。
帰り道、駅前の木製の長椅子に腰を下ろし、缶珈琲を一本買った。生温い風が頬を撫でる。住人が入れ替わり、店が消え、家屋が建て替わっても、この町の空気の質感だけは、二十年経っても変わらずに残っていた。それだけで、来て良かったと思えた。何かを取り戻しに来た訳ではない。唯、自分の中に未だ町が残っている事を、確かめたかったのかも知れない。
Tokenizing… (first load downloads ~17MB dictionary)