初めて訪れる町で道に迷ったとき、私はいつも少しためらう。地図のアプリを開けば、たいていの場所はすぐに分かるようになっている。だから誰かに声をかける必要は、本当はないのかもしれない。それでも、画面の中の青い線をぼんやり見つめながら、私は知らない人にたずねてみることにしている。
最初は、誰に声をかければいいか分からない。急いでいる人、電話をしている人、こちらを見ない人。そういう人を避けているうちに、ずいぶん時間が過ぎてしまうこともある。やっと「すみません」と言えたとき、相手はたいてい少し驚いた顔をする。そのあと、ゆっくりと地図を覗き込み、自分の知っている範囲で説明してくれる。
不思議なのは、道を聞くたびに、町の印象が少しずつ変わっていくことだ。さっきまで知らない場所だった通りが、誰かの声を通して、急にやさしい色になる。「ここをまっすぐ行って、二つ目の信号を右ですよ」という短い言葉の中に、その人がふだん歩いている景色がふくまれている気がする。
もちろん、上手に説明できない人もいる。途中で迷ってしまい、「ごめんなさい、私もよく分からない」と言って、はにかむように笑う人もいる。それでも、知らない人のために少し立ち止まってくれたという事実だけで、不思議と気持ちが温かくなるのだ。
道を聞くようになってから、私は街を歩く速さが少し遅くなった。前は最短ルートばかりを気にしていたけれど、今は、誰かに聞けるくらいの余裕を持って歩くことにしている。回り道をしながら、見たことのないパン屋や、古い本屋を発見することもある。
地図のアプリは便利だ。それを否定するつもりはない。ただ、画面ばかり見ていると、そこに人がいるということを忘れてしまう。声をかけることにはたしかに勇気がいる。けれども、その小さな勇気の先に、ほんの数十秒の会話がある。そして、その短い時間が、その日の街の色をやわらかく変えてくれる。
知らない人にものを尋ねるのは、思っているよりずっと重い行為かもしれない。相手の時間をもらい、相手の親切に頼ることになるからだ。でも、その重さの分だけ、こちらも少しだけ町に近づける。私は今日もまた、地図を閉じて、誰かに声をかけてみようと思う。
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