昔々、北の山あいに、貧しい村があったそうな。痩せた畑ばかりが続く土地で、村人たちは長い日照りに苦しみつつ、なお神に祈ることをやめなかった。ある秋の夕暮れ、その村に一人の盲目の旅僧が訪れた。名を浄観といい、若き日に病で目を失ったものの、心の眼は澄みわたっていると評判であった。
浄観は峠の岩陰で一夜を明かそうとした。すると暗闇の中にあって、不思議なほど温かな光が漂ってくるのを感じた。手を伸ばしてみたところ、握りこぶしほどの石が、まるで懐に抱かれた赤子のように、ほのかに脈打っていた。「これは尋常の石ではない」と思った浄観は、その石を僧衣に包み、村へ持ち帰ったそうな。
夜半、村長の家に泊めてもらった浄観の枕元で、石は急に強く輝き始めた。驚いて目を覚ました村長が見たものは、石の中から現れた、三つばかりの愛らしい娘であった。娘は小さな手を合わせ、「私はこの山の神に仕える者。長き日照りに苦しむ村人を見るに忍びず、こうして遣わされて参りました」と告げた。村長は涙を流しつつ、娘を引き取って育てることにした。
娘は朝露という名を授けられた。朝露は人の子の十倍もの速さで育っていった。村人たちが田を耕すそばから雨が降り、痩せた土には豊かな実りが戻ってきた。朝露が歌えば鳥が集まり、踊れば風が起こる。村は見る間に豊かになり、近隣の村々から羨望の的とされるようになった。されど、当の朝露は次第に物思いに沈むようになっていった。
ある月夜、十三になった朝露は浄観の前に座り、こう打ち明けた。「お師さま、私はもう山へ帰らねばなりません。神々のもとに戻る期限が、明日の暁に迫っているのです」。浄観は驚きはしたものの、薄々それを感じ取っていたとはいえ、別れの言葉を口にすることができなかった。「人の世の温もりを知ったからこそ、戻る道がこれほど辛いのでしょう」と娘はつぶやいた。
夜が明けるにつれて、朝露の体は次第に透き通っていった。村人たちは涙ながらに見送ったが、誰一人として娘を引きとめようとはしなかった。朝露は懐から一枚の白い羽を取り出し、村長に手渡した。「この羽を泉に浮かべれば、いかなる旱(ひでり)であろうと雨が降りましょう。されど、貪欲のために用いれば、たちまち灰となって消えるでしょう」と言い残し、朝の光に溶けるように姿を消したそうな。
それから幾年経ったであろうか。村は羽の力に頼ることなく、自らの手で田を守り続けたという。浄観は峠の岩陰に小さな祠を建て、余生をそこで過ごした。盲目の僧の耳には、夜ごと、山の方から幼い娘の歌声が聞こえてきたそうな。
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