夏の暑い日には、母がよくそうめんを作ってくれた。氷水の中で、白いそうめんが静かに光っていた。ガラスの器に入れると、音までなんだか涼しく聞こえた。
私は子どもの頃、そうめんがあまり好きじゃなかった。味が薄いと思っていたし、すぐお腹がすいてしまうからだ。でも、母の作ったそうめんは少し違った。つゆに、しょうがとねぎと、ごまをたっぷり入れてくれる。そのつゆの香りをかぐと、急に食べたくなる。
「冷たいうちに食べなさい」と母はよく言った。私は、はい、と返事をして、箸でそうめんをつゆにつける。つるつるとした感じが口に入ると、夏の暑さが少しずつ消えていくようだった。薬味のしょうががぴりっとして、最後にごまの甘い味が残る。
母はいつも、自分の分を作るのが一番あとだった。私が食べ終わる頃、母はやっと台所から出てくる。「おいしかった?」と聞かれて、「うん、とても」と答えると、母はうれしそうに笑った。
今、私は一人で暮らしている。スーパーでそうめんを買って、自分で作ってみることもある。つゆの味は同じはずなのに、なぜか母のそうめんとは違う。しょうがを入れすぎたり、氷が足りなかったりして、なかなかうまくできない。
夏になると、母に電話をかけたくなる。「そうめんのつゆ、どうやって作るの?」と聞けば、母はきっと、また丁寧に教えてくれるだろう。でも本当は、つゆの作り方が知りたいのではない。母の台所のあの涼しい音を、もう一度聞きたいだけなのかもしれない。
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