盛夏を過ぎたばかりの午後、蝉の声が庭先に満ちていた。空は依然として青く、雲は入道雲の名残を留めながらも、縁は既に解けかけている。私は縁側に腰を下ろし、冷えた麦茶を片手に、遠ざかっていく夏の背中を見送るような心持ちで、木々の梢を仰いだ。
先ほどまで油蝉が勢いよく鳴いていたものの、何時の間にかその声は途切れ、代わりに蜩の甲高い声が山の方から届き始めた。蜩の声を耳にするにあたり、私は毎年決まって同じ感傷に襲われる。それは、夏が確かに終わりを告げているという事実を、体の奥で静かに受け入れさせる合図のようでもある。
季節の移ろいとともに、蝉の種類もまた入れ替わっていく。アブラゼミから法師蝉へ、そして蜩へ。幼い頃は、その違いを聞き分けようとしつつ、網を手に林を駆け回ったものだ。今となっては、声を聞き分けるまでもなく、体がその交替を覚えている。
軒先に落ちた一匹の蝉を拾い上げてみると、羽はまだ透き通ったままで、壊れやすい硝子細工のようであった。短い一生を鳴き尽くしたその姿は、哀れというよりは寧ろ、潔いとさえ思えた。命の盛りを惜しまず燃やした者だけが帯びる、静かな誇りが其処にはあった。
夕暮れが近づくにつれ、蜩の声は次第に遠のき、やがて虫の音に取って代わられていく。夏は一日毎に、確実に退いていく。縁側に残された麦茶の氷も、もうすっかり溶けてしまった。
季節の終わりを惜しむ気持ちとともに、次の季節を静かに迎える心の支度を、私はまた今年も始めるのである。
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