京都市北区、紙屋川沿いの一角に、御年八十二歳の染色家・九条宗佑氏の工房はある。草木を煮出し、絹を染め、幾十年の歳月を一色に費やしてきた人物である。訪ねたのは晩秋の午後、工房には発酵中の藍甕が静かに息づき、古木の如き芳香が漂っていた。取材は、窯の前に据えられた低い床几で行われた。
——この道に入られて、六十余年と伺いました。随分長い歳月だったでしょう。
「長いとも短いとも、今となっては判然と致しませぬ。若い頃はね、一年で全てを掴もうとしていたものを、結局、藍というものは私を急がせてはくれなんだ。発酵の槽にあって、微生物が色を織りなしてゆく。此方の都合など、向こうは一向に素知らぬ顔でしてね。教わったのは、忍耐の術のみですよ。」
——色の出来栄えは、其の日の天候や、職人の気分にも左右されると聞きます。
「左右されると申すより、此方が天気に頭を下げている、と申した方が近い。雨の続いた朝は、藍の機嫌が至って悪い。無理に引き出そうとすれば濁るだけの事。若い内は、其の理を知りつつ力任せにやってしまい、幾度となく甕を駄目にしました。先代は黙って、新しい藍を立て直してくれた。叱責された方が、どれ程楽だったか知れませぬ。」
——今の職人衆を見て、思われる事は御座いますか。
「これは言葉を選ばねばならぬのですが——昔の弟子は、専ら黙して手を動かしました。今の若い方は、意味を先に求められる。意味を求めるのが悪いとは申しません。ただ、三十年前、私が師の背中を見ていた頃にひきかえ、今は答えを急ぎ過ぎている気がしてなりませぬ。色というものは、手が体得して初めて、頭が理解してくる。逆ではない。この順序を違えると、技は上滑り致しますな。」
——御自身にとって、最も大切にしてこられた色は。
「それを問われると困るのですが——強いて申せば、一度だけ、雨上がりの夕刻に偶然立ち上がった、あの鈍い青でしょうか。七十歳を越えて尚、あれ以来、再現できずじまいでしてね。何度試作しても、半歩届かぬ。芸道にあっては、追えぬ色こそが師であると、今はそう思うております。捕らえた色で満足する職人といえども、長くは続きますまい。追い続けるからこそ、手が止まらぬのです。」
——最後に、若い職人衆へ一言。
「助言など烏滸がましいですが、強いてと仰るなら——急ぐな、とだけ。流行をよそに、自分の藍を一つ、立ててごらんなさい。売買の話は後回しで結構。先ずは、甕の前に一年間鎮座してごらん。其の一年をもって、色との関係は、恐らく決まります。」
窓の外では、紙屋川の水音が低く続いていた。染め上がった絹が一枚、軒に吊られ、暮色の中で深い藍に沈んでゆくのを、私はしばし見ずにはいられなかった。
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