京都の西陣、細い路地のおくに、三代続く着物修復の工房がある。朝七時、戸をあけると古い絹と糊のにおいが漂い、作業台には昨日の続きの振袖が広げられている。小川真弓さん(四十八歳)は祖母の代から受け継いだこの仕事を、二十二歳のときからずっと続けてきた。
工房をついで以来、真弓さんの日課はほとんど変わっていない。まず朝の光で糸の色をたしかめ、それから虫眼鏡を手に取り、布地にのこる染みや擦れを一点ずつ記録していく。「昼の電灯では絹のほんとうの色は見えないんです」と彼女は言う。小さな作業ながらも、一枚を仕上げるのに半年かかることも珍しくない。
昔ながらの技法を守りつつ、真弓さんは現代のお客さんの要望にもこたえてきた。祖母の時代は婚礼衣装の仕立て直しが中心だったものの、いまはもう亡き母の着物を娘の成人式にあわせて直したい、という依頼が増える一方だ。「思い出をつくろっているようなものです」。糸を通す手を止めずに、そう静かに語る。
伝統工芸の世界では、職人の高齢化に伴う後継者不足が深刻だ。真弓さんのもとにも若い弟子が二人いるが、一人前になるには十年以上かかる。技術だけでなく、古い染料の知識や、客との信頼関係を築く姿勢も必要だけに、簡単には育たない。「自分が祖母から学んだ時間を、こんどは私が返す番です」。
観光客の多い京都にあって、この工房は看板も出していない。ホームページもなく、新しい依頼は古いお客さんからの紹介のみを通じて受けている。派手な宣伝をしない反面、遠方からわざわざ訪れるお客さんは後を絶たない。「着物は生きています。大事にされた布には、それが残るものがある」と真弓さんは静かに微笑む。
夕方、工房の窓からさす西日が、修復を終えた藤色の訪問着を照らしている。祖母も母も、この同じ光のなかで針を動かしてきた。受け継ぐとは、ただ技を守ることではなく、次の世代へ手渡すことにほかならない。真弓さんの一日は、こうして静かに暮れていく。
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