田中さんの寿司屋は、週末しか開かない。金曜日の夕方から日曜日の夜まで、たった三日間だけ、小さな暖簾が静かに揺れる。店は古い商店街の角にあって、看板もほとんど読めないほど色あせている。それでも、常連の客は迷わず戸を引く。
田中さんの手は、魚を扱い続けてきた手だ。指は太く、爪は短く切りそろえられている。「この仕事は、急ぐと必ず失敗する」と田中さんは静かに言う。若いころは東京の大きな店で働いていたが、五十歳を過ぎたのをきっかけに、生まれ故郷のこの町へ戻ってきた。
店を毎日開けないのは、魚のためだという。「いい魚が入らない日は、店を開けるわけにはいかない」。月曜日から木曜日までは、近くの港へ通い、漁師と直接話しながら仕入れる魚を決める。気に入る魚がなければ、その週は店を閉めることもある。
客は予約だけで入る。一日に十人ほどしか座れないカウンターは、いつも静かだ。田中さんは注文を聞くと、まず季節のことを話す。「今は鯛がいちばん美味しい時期ですよ」と説明しながら、ゆっくりと包丁を動かす。客は会話を楽しみながら、一貫ずつ味わっていく。
娘の美香さんは、父の働く姿をそばで見て育った。大学を出たあと、会社で数年働いたが、結局は店を手伝うために帰ってきた。「父のやり方は、時代に合わないかもしれない。でも、続ける価値があると思ったんです」と美香さんは言う。最近は、ご飯の炊き方を父から教わっているところだ。
週末だけ開くこの店に、遠くから訪ねてくる客も少なくない。「毎日開いていたら、きっとこの味は出せない」と田中さんはほほえむ。忙しさに追われずに、一本一本の魚と向き合いたい。その静かな選択こそが、田中さんの寿司なのだ。
Tokenizing… (first load downloads ~17MB dictionary)