三十歳を過ぎてから、急に手紙を書くようになったんですよ。
きっかけは些細なことでした。引っ越しの片付けをしていたら、学生時代に祖母からもらった葉書が出てきたんです。「元気にしていますか」というたった一行のために、どれだけ時間をかけて書いたんだろうと思ったら、急に胸が詰まって、しばらく動けなくなってしまいました。
正直、それまでの私は、手紙どころか、年賀状さえまともに書いたことがなかったんです。連絡はLINEで十分じゃないですか。スタンプ一つで気持ちは伝わるし、既読がつけば合図にもなる。便利なものの、最近どうも、その便利さに少し疲れてきていました。
文房具屋で万年筆を買ったのは、その翌週のことです。三千円ほどの安物で、店員さんが「最初の一本にしてはちょうどいいですよ」と笑ってくれました。家に帰って便箋に名前を書いただけで胸がそわそわして、その日は誰にも書けずに終わったんですけどね。
最初に書いたのは、高校時代の親友でした。十年近く会っていない相手に手紙を出すのは、思っていた以上に勇気がいりました。書いては消し、書いては消しを繰り返して、ようやく便箋三枚にまとまったときには、夜中の二時を回っていました。
返事は、十日後に届きました。封筒を開ける手が震えるなんて、自分でも意外でした。最後に「久しぶりに、ちゃんと話したくなった」と書かれていたのを読んだ瞬間、台所で一人、声を出して泣いてしまいました。
それからというもの、月に二、三通は誰かに手紙を書くようになりました。返事が来ないこともあるでしょう。でも、書いている間の三十分は、相手のことだけを考える時間で、スマホをいじっている時間とは比べものにならないくらい、濃い時間なんです。
手紙が古臭いと言われればそれまでです。効率という点からすれば、メールにかなうわけがありません。とはいえ、効率だけで人間関係が深まるかと言われると、それはそれで違う気がするんですよね。
最近気づいたのは、手紙を書き始めてから、自分の言葉を選ぶようになったということです。LINEだったら「了解」で済ませていた返事も、便箋に書くとなると、もう少し丁寧に、もう少し正直に書きたくなるんです。
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