午前四時。豊洲市場の照明が、まだ眠ったままの東京湾の上に白く灯る。山本健一は、八十二歳になった今も、この時刻にしか見えないものがあると信じている。築地から豊洲へと場所が移り、競りの仕組みが電子化されようとも、彼の歩幅は変わらない。長靴の音が通路に響き、仲卸の店主たちが小さく頭を下げる。誰も大声で挨拶はしない。挨拶の代わりに、目が合うだけで足りる ― それがこの場所の流儀である。
まぐろの前で、健一は立ち止まる。尾を切り落とした断面に指先を当て、温度と脂の入り方を読む。「この一本は、今日じゃない」。低く呟いて、次の台へ移る。仲卸は何も言わない。長年の付き合いの中で、彼の「今日じゃない」は、明日でもないことを意味すると皆が知っている。最後に選ばれたのは、塩釜から届いた一本だった。手のひらで尾の身を軽く押し、健一はようやく頷いた。
店に戻るのは、まだ夜が明けきらない頃である。下町の路地裏、看板も小さい八席だけのカウンター。仕込みは、ここからが本番だ。小肌に塩を当て、酢で〆る時間を計る。鯛の昆布〆、煮蛤のための煮汁、煮切り醤油の仕込み ― すべての工程に、決して時計には頼らない判断がある。「魚が教えてくれる」と健一は言うが、その「教え」を聞き取るのに、彼は六十年以上を費やしてきた。
弟子の谷口は、入門して七年になる。健一は、谷口にほとんど言葉をかけない。シャリの温度を確かめる時、人肌よりわずかに低い、その「わずか」を、谷口はまだ手で覚えきれていない。健一は黙って、自分の手を重ねるでもなく、ただ隣で同じ動作を繰り返す。「教えるというのは、見せることだ」 ― そう語ったのは、彼が二十歳の頃に仕えた親方だった。健一の指の関節は、長年の仕事で太く曲がっている。その手だけが、過ぎた歳月を雄弁に語る。
夕刻、暖簾が掛けられる。常連たちは静かに席につき、献立はない。健一が握る順に、季節がそのまま皿の上に現れる。会話は少ない。客の咀嚼の音と、シャリを握る乾いた音だけが、店の中に満ちていく。ある常連は、三十年通い続けていると言う。「味が変わらないんじゃない。少しずつ良くなっているんだ」と、その客はぽつりと漏らした。
最後の客を送り出すのは、夜の十時を過ぎてからだ。健一は包丁を研ぎ、まな板を流し、明日の煮切りに使う鰹節を削る準備をする。戦後すぐ、まだ少年だった彼が、配給の少ない時代に親方の店の隅で見ていた、あの削り節の香りと同じものが、今も湯気の中に立ちのぼる。「同じことを、同じように、毎日続ける」。それだけのことが、どれほど難しいかを、八十二歳の職人は誰よりも知っている。明日もまた、午前四時。豊洲の照明が、彼を待っている。
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