二〇二三年のChatGPT登場以来、生成AIの主戦場は米中の巨大資本に独占され、日本は「周回遅れ」と揶揄されてきた。しかし二〇二六年に入り、その構図はにわかに揺らぎ始めている。象徴的な出来事が、東京・港区に拠点を置くSakana AIのシリーズBラウンドだ。同社は二〇二五年十一月に約二百億円を調達し、二〇二六年一月にはGoogleとの戦略的パートナーシップ締結に伴う追加出資を経て、累計調達額は約三百二十億円、ポストマネー評価額は約四千三百二十億円——つまり二十七億ドル規模のユニコーンへと駆け上がった。
Sakana AIを率いるのは、Transformer論文の共著者として知られる元Google研究者のリオン・ジョーンズ氏と、同じくGoogle出身のデイビッド・ハ氏、そして日本側を統括する伊藤錬氏である。創業からわずか二年半で日本最速級のユニコーン入りを果たした背景には、明快な戦略がある。すなわち、巨大基盤モデルを米国勢と正面から競うのではなく、進化的アルゴリズムによって既存モデルを「掛け合わせる」手法で計算コストを抑え、日本語と日本文化に最適化された小回りの利くモデルを企業向けに提供する、というものだ。実際、三菱UFJフィナンシャル・グループや大和証券といった金融大手との実装事例が、シリーズBの説得材料となった。ハ氏は二〇二六年中に、製造、政府、防衛、情報インテリジェンスの各領域へ事業を広げる方針を明言している。
もう一方の主役、Preferred Networks(PFN)は、より長い時間軸で日本AIの輪郭を変えようとしている。同社が掲げる切り札は自社開発のAI半導体「MN-Coreシリーズ」だ。二〇二六年中の量産投入を目指す次世代品「MN-Core L1000」は、ロジック層の上にメモリを積層する3Dスタッキング技術を採用し、現行のGPUで主流のHBMを上回るメモリ帯域幅を実現するという。さらにPFNは三菱商事およびIIJと共同で、AIクラウド事業会社「Preferred Computing Infrastructure」を二〇二六年初頭に始動させ、自社チップを核としたフルスタック型のクラウドサービスを国内企業に提供する計画だ。GPU調達がエヌビディア一社に依存する構造への、明確な代替案の提示と言ってよい。
背景にあるのは、政府の強烈な後押しである。日本政府は二〇二六年度から五年間で総額約一兆円規模の公的支援を投じ、官民連携による国産基盤モデル開発会社の設立を計画している。KDDI傘下に入った東大発のELYZA、対話AIで先行するrinna、企業向け文書解析のStockmarkなど、それぞれの強みを持つプレイヤーが、この巨大な調達プールを巡って動き出した。
注目すべきは、日本勢の戦い方が米国型とは明確に異なる点だ。Sakana AIは「効率」、PFNは「半導体とロボティクス連携」、ELYZAやrinnaは「日本語と業務知識」と、それぞれが米国大手の死角を突いている。もちろん課題は山積みだ。GPU調達、英語圏の研究人材、海外展開のいずれをとっても容易ではない。それでも、二〇二六年春の景色は二年前とは別物になりつつある。日本のAI産業はようやく、自分たちの言葉で勝ち筋を語り始めた。
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