外国から来た友達を駅前のセブンに連れていったとき、彼が一番驚いたのは唐揚げでもおにぎりでもなかった。レジの横に貼ってある紙の小さな文字、「住民票・印鑑証明、こちらで取れます」。
彼は真顔で聞いてきた。「役所じゃなくて?コンビニで?」と。私はそのとき初めて気づいた。私たちが当たり前のように暮らしているこの国は、外から見るとかなり変な国らしい、ということに。
考えてみれば、日本のコンビニでできることは多すぎる。税金や公共料金の支払いはもちろん、Amazonの荷物の受け取り、コンサートのチケット発券、書類の印刷とスキャン、ATMでの現金引き出し、合鍵の作成、そして使用済み電池の回収まで。最近では、淹れたてのドリップコーヒーが100円で飲めるし、ローソンの店内で揚げたての唐揚げクンを買うこともできる。
これは「便利」という言葉では足りない。もはや生活インフラそのものだ。
面白いのは、私たち日本人がこの状況をまったく特別だと思っていないことだ。深夜2時に住民票を取りに行くという行為が、世界基準ではかなり異常だという自覚がない。
しかし、そのインフラを支えているのは、実はかなり危うい現場である。少子高齢化のせいで、コンビニの人手不足は年々深刻になっている。大手3社のアルバイトの約1割はすでに外国人で、留学生がいなければ深夜営業は成り立たないと言われるほどだ。レジに立っているネパールやベトナムから来た若者たちが、私たちの「24時間いつでも開いている安心」を支えてくれている。
それでも人手は足りないので、各社は無人化の実験を進めている。ファミマはバックヤードで飲料を補充するロボットを導入し、ローソンは2025年に高輪ゲートウェイシティに「未来店舗」をオープンした。セブンも大阪万博で2030年型の店舗コンセプトを発表し、ピザを2分で焼く店内キッチンまで見せていた。
ただ、完全な無人化はなかなか普及しない。なぜなら、コンビニはもう「物を売る場所」ではないからだ。荷物を受け取り、住民票を出し、ライブのチケットを発券し、ときには道を尋ねられる。これらを全部こなすには、やはり人間が必要なのだ。
友達は帰り際にこう言った。「日本に住むって、コンビニに住むのと同じなんだね」。少し笑ってしまったけれど、たぶんそれは比喩ではない。私たちはみんな、半分くらいコンビニの中で生きている。
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