初めて親子丼を作った日のことを、今でもよく覚えている。一人暮らしを始めたばかりの秋で、夕方になると部屋がしんと静かになって、何か温かいものが食べたくなった。冷蔵庫にあるのは、卵と鶏肉と玉ねぎだけ。
母がよく作ってくれた親子丼が頭に浮かんで、自分でも作ってみることにした。レシピをスマホで確認しながら、玉ねぎを薄く切っていく。包丁の音と、油の香りが少しずつ部屋を満たしていった。
鍋にだしと醤油とみりんを入れて、弱火でゆっくり煮ると、甘くてやさしい匂いが立ちのぼる。鶏肉を入れて、くつくつと音がしてくるたびに、なぜか母の台所を思い出した。卵を溶きながら、ふと手が止まった。
母は卵を二回に分けて入れていた気がする。一度に全部入れてしまうと、固くなりすぎるからだそうだ。思い切って、半分だけ流し入れる。
湯気の向こうで、卵がふるふるとゆれている。ふわっと甘い香りが広がって、思わず深呼吸してしまった。残りの卵をまわしかけて、ふたを少しだけして、火を止める。
余熱で仕上がるのを待つうちに、ごはんをよそっておいた。お茶碗ではなく、大きめの丼に温かいごはんを盛って、その上に親子をそっとのせる。黄色と白と茶色が重なって、まるで小さな秋の景色のようだった。
一口食べて、思わず笑ってしまった。味はまだまだ母のものには及ばない。卵は少し固いし、だしも濃すぎる気がする。
でも、自分で作った親子丼は、不思議なほどやさしい味がした。それ以来、疲れた夜には親子丼を作るようになった。作るたびに少しずつ上手になっていくのが、なんだか嬉しい。
台所に立って、だしの匂いをかいでいると、遠くの実家の台所とつながっているような気持ちになる。料理は、味だけではなくて、記憶も一緒に温めてくれるものなのかもしれない。
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